学部学生さんの実習の時や、イベントの見学者の方に植物を案内しながら、『その(写真の)樹、有りますよね』と指さすと、熱心な方が『ああ、モミジですね』と、返事をしてくれます。そうすると心の中でニヤリ、よしっと思いながら、『モミジという植物はじつは無いんですよ』と、説明を始めるのが定番の一つです。
モミジという和名の植物は本当にありません。イロハモミジ(= イロハカエデ、タカオモミジ)(Acer palmatum)、オオモミジ(= ヒロハモミジ)(A. amoenum var. amoenum)、ヤマモミジ(A. amoenum var. matsumurae)などの総称です。
ムクロジ科(古い分類体系ではカエデ科)カエデ属(Acer)の植物の中で、特にひときわ鮮やかな赤色に紅葉し、葉が手の平の形(掌状)、かつ、その切れ込みが深いものを、一般に"モミジ"と呼びます。例に挙げた3種はまさにぴったりですね。切れ込みの浅いものや、黄色に色ずくものは"カエデ"と呼びますが、植物学的にはモミジもカエデも同じ仲間で、英語ではともにmapleと、特に区別しません。イロハモミジは英語で “Japanese maple” というように、あくまでもカエデの一種類です。モミジを愛でて歌に詠み、秋には紅葉狩りを楽しむのは、日本的な発想なのですね。
万葉の頃はモミジに"黄葉"の字を当てることが多く、"紅葉"の字を当てる方が主流になったのは平安時代以降です。
また、紅葉とかいて、"もみじ"と読むと、イロハモミジなどをイメージしますが、"こうよう"と読むと、秋になり様々な広葉樹の葉が黄色や赤色など色とりどりに色づくさまを思い描きます。
モミジは、古くは、もみぢ(もみち)と呼びました。秋に草木の葉が赤や黄色に色づくことを動詞で「もみつ(紅葉つ・黄葉つ)(もみづ)」といい、それが名詞化し「もみち」となりました。
昔は植物を揉みだして出る色素を使用して布を染めていたことから、(神様が?)山を染めるための色を「揉み出した」と考え、「揉み出づ」とあらわしたようです。「紅絹づ」の字を当てることも有ります。
そういえば、女性の着物の袖裏や胴裏、襦袢の真っ赤(紅色)な布地のものを"もみの◎◎"と呼んでいたことを思い出しました。この布地は絹をベニバナで染めた物なので、言葉の由来は同じと思われます。近ごろは紅絹(もみ)を耳にすることも口にすることも無いように思います。20才くらいの年齢より若い方は初めて知った言葉かもしれませんが、和服に関わる方は今もお使いなのでしょうか。