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近畿大学 薬学部 薬用植物園



しおり 50枚目  2023年11月9日 RECRUIT

汝は誰そ(なんじはたそ)
 入れかわり  

 花が咲いて びっくり。確かここにはシマカンギクがいるはずなのに、知らない子がいます。ここにいたはずのうちの子(シマカンギク)はどこに行ったの?

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キク X

 敦盛の最期のように『なんじはたそ』と問うてみても、『あなた いったい誰?』と艶っぽく聞いてみても、キクが答えるはずはなく... ならば、推測?妄想?してみようかしら。おまえは何者? とりあえず、キク X(エックス)とでも呼んでおきます。 これはこれで色も良く、なかなかに魅力的な花ですが、植物園という立場上シマカンギクが負けてしまったのは問題です。

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キク X

 たまたま鳥などが他のキクのタネをシマカンギクの横に運んできて、それがシマカンギクよりも育ちやすかったということでしょうか? 確かにキク X に良く似た野菊などもありますね。

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シマカンギク

 いえいえ、キク属の植物は交雑しやすいので、そのせいでしょうか。そもそも狭義のキク(イエギク(家菊)=栽培ギク)もチョウセンノギクとシマカンギクの交雑により生まれたと考えられています(リュウノウギクなど他のキクが親だという説もあります)。
 少し難しくなりますが、細胞は基本の染色体数(n)の2倍の本数(2n)の染色体を持つのが通常ですが、キク類は同じ染色体の組み合わせを重複して持ち(倍数体)、2倍体から10倍体までのものがあり、しかもこれらが交配しやすい性質を持ちます。  

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シマカンギク
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キク 'もってのほか'

 というわけで、今回 当園に現れたキク X は生えていた場所、花の色、当園で植栽しているキクの品種から考えて、シマカンギクが母親(めしべ)で、‘もってのほか’という品種のキクが父親(花粉)だろうと考えるのが自然なように思えます。
 キク X の花は母親側のシマカンギクに寄っています。

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シマカンギク
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キク '杭白菊'
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キク '黄山金菊'
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キク 'もってのほか'

 当園では、シマカンギクと ’杭白菊’ 、’黄山金菊’、’もってのほか’ の 3 品種のキクを栽培しています。 

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キク X
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左から シマカンギク '杭白菊' '黄山金菊' 'もってのほか'

 せっかくなので、キク X の葉を当園で栽培しているキクやシマカンギクの葉と比べてみます。キク X の葉は、切れ込みの具合などがシマカンギクに近いですね。葉の裏、毛、つぼみなど色々な形態を見ればもっと推測を深められるでしょう。染色体数や遺伝子を比較すればさらにキクXの正体に近づけるはずです。  

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 いずれにしてもキク(イエギク)やシマカンギクは在来種のキク属植物と簡単に交雑します。新たな品種のキクが生まれて、それを楽しめるという面もありますが、良いことばかりではありません。実際にキク(イエギク)やシマカンギクは他の絶滅危惧種のキク属植物と交雑しており、これら絶滅が危惧されるキク属植物の保全のために、その生育場所付近で、本来は生息していない外来(日本産でも)のキク類の栽培は控えたほうがよいでしょう。
 そしてまた、シマカンギクも各地で数を減らしています。例えば、京都府レッドデータブック2015では、シマカンギクは京都府カテゴリーの絶滅危惧種とされています。
 もちろん草地や山麓地の開発の方が大きな原因でしょうが、今回の当園のような交雑による置き換わりも起こります。植物をどこかから持ってきて植えるだけでは、自然・環境を守れません。かえって壊すことさえありえます。私たちも自分ができることから生物の多様性の維持や種の保存に協力していきたいものですね。  

 とりあげた植物 について
★ シマカンギク  
   Chrysanthemum indicum  キク科
   頭花:生薬 キクカ(菊花,キッカ) 日局18
★ キク  
   Chrysanthemum morifolium  キク科
   頭花:生薬 キクカ(菊花,キッカ) 日局18
      食用とする品種もある
★ チョウセンノギク  
   Chrysanthemum zawadskii subsp. naktongense  キク科