先端バイオ医薬研究室

研究テーマ2-皮膚構成細胞の分化と組織形成の解明

 皮膚はからだの中で最大の臓器です。皮膚には、外界からの刺激から私たちのからだを守ったり、体温を調節したり、水分・体液が失われないようにするなどの生命維を担う恒常性の要として機能しています。それだけでなく、皮膚は外観や容貌にも影響し、社会的なコミュニケーションにおいても大切な一面をもっているのです。それゆえに、皮膚はサイエンスのエッセンスの詰まった、科学的に深く最も魅力的な謎の多い臓器としても認知されています。私たちが心身を平穏に保つ源、恒常性を司どる大切な臓器、皮膚について以下のような研究を多角的に執り行うことで、ヒトの恒常性のメカニズムを探求しています。

Task 5. 皮膚の最外表・生体防御の要;表皮細胞の分化機構の解明

 皮膚は表皮、真皮、皮下組織から構成されています。なかでも、表皮は、幹細胞・未分化細胞を含み活発に増殖する基底層 (basal layer)、細胞辺縁に棘状の突起が認められる有棘層 (spinous layer)、ケラトヒアリン顆粒をもつ顆粒層 (granular layer)、脱核・角質化した扁平な細胞からなる角質層 (cornified layer) の4層からなりたっています。基底層で分裂した細胞は体表面に向かって移動していき、有棘層、顆粒層、角質層へと分化し、やがて垢となって剥がれ落ちます。健康な表皮では、このような増殖(未分化性の維持)と分化の過程が厳密に制御され、その恒常性が維持されているわけです。では、こうした恒常性を保つために、一体どのような分子機構が働いているのでしょうか?
 ひとつの答えがNotchシグナルです。Notchシグナルは表皮でとても複雑な働きをしています。私たちの以前の研究より、Notchシグナルは基底層から有棘層、有棘層から顆粒層への分化を促進する一方、Notchシグナルの下流で働くHes1が、有棘層から顆粒層への未成熟な分化を抑制していることが分かりました(Dev Cell. 134(6):1627-35 (2014))。つまり、Notchシグナルは有棘層の分化のタイミングを調節することで、表皮を適切な厚さに保つことが明らかとなったのです。

 そこで、私たちは、Hes1の下流分子を探索しました。すると、Bnip3という、アポトーシスやオートファジーに関与する可能性のある分子が見つかってきたのです。表皮細胞の分化は脱核や細胞内小器官の消失を伴うことから、オートファジーの関与が示唆されていました。そこで、Bnip3の発現パターンや働きを詳細に調べたところ、Bnip3は顆粒層に発現し、ミトコンドリアをオートファジーにより分解することで、表皮の最終分化に関与していることが明らかとなったのです(J Invest Dermatol. 134(6):1627-35 (2014))。
 さらにHes1分子には表皮の恒常性を維持する調整役たるコンダクターとしての役割があることも分かってきました。さらに、この表皮の維持が皮膚全体の恒常性に動的に関与する可能性も見えてきています。目下、これらの研究を深めています。

Task 6. 皮膚のダメージ回復から観る恒常性維持機構の解明

 皮膚はからだの最も外側にあるため、紫外線によるダメージや、擦り傷、切り傷などの外傷を受けやすい臓器です。私たちはこのようなダメージを受けた皮膚が、どのように恒常性を維持し、からだを守っているのかについても研究を行っています。

  私たちの最近の研究により、これらのダメージから細胞を守るメカニズムのひとつに、オートファジーが働いていることが明らかとなってきました。皮膚表皮分化にも関与しているBNIP3をノックダウンした表皮三次元モデルを作成すると、死細胞が増えることに気づきました。そこで、この事象を詳しく調べたところ、紫外線によってBNIP3の発現が上昇し、ダメージを受けたミトコンドリアをBNIP3がオートファジーを引き起こして排除することで、表皮細胞をアポトーシスから保護することが明らかとなったのです (Cell Death Dis. 8(2):e2576(2017))。もちろん、紫外線によってダメージを受けた細胞が細胞死を免れてしまうことには不安があるかもしれませんが、

  • 急激な日焼けなどで細胞が一気に死んでしまうと、皮膚のバリア機能が失われ、個体の死にもつながりかねない
  • 紫外線によってBNIP3の発現が上昇しオートファジーが起こるのは幹細胞の存在する基底層より上の層であるため、ダメージの蓄積した細胞はいずれ垢となって剥がれ落ちる
  • ことから、このメカニズムによって皮膚の恒常性、ひいては個体の恒常性が守られているものだと考えられます。

     現在は紫外線によるダメージからの防御機構だけでなく、切り傷などの外傷がなおるメカニズムにも焦点をあて、皮膚表皮だけでなく、真皮細胞に存在する線維芽細胞の働きについても研究をすすめています。

    Task 7. 皮膚臓器の恒常性の破綻による病態との関連性および老化メカニズムの解明

     皮膚の恒常性の破綻はさまざまな様態を導きます。最も顕著な破綻の結末の一つが皮膚疾患とも言えるでしょう。我々は、皮膚の恒常性の破綻が乾癬の病態を誘導すること、さらには乾癬の病態の増悪の引き金をひくことを見出しており、それらに共通のマスターレギュレーターも発見しています。現在その詳細な解析を進めています。また、殆ど未解明の遺伝子のひとつが皮膚の発生および形成過程に必須であること、これらが皮膚の病態や老化にも関わる可能も見出しており、現在、マウスを用いた個体レベルの解析も進めています。一方、皮膚の恒常性の規則性が衰える際に誘導される皮膚の老化についても、研究を深めています。皮膚の老化は解剖学的な老化も勿論ですが、細胞レベルでの代謝の衰えや細胞間相互作用の不協和にも影響しています。加齢と老化は似て非なるもですが、恒常性維持機能の衰えが老化を誘導するのか、老化が恒常性維持機能の衰えのトリガーとなるのか。皮膚科学を細胞〜組織〜器官〜個体まで俯瞰することで、この答えに一石を投じるよう、おもにマウスとヒト組織を用いたレベルでアクセスしています。

    Task 8. 皮膚臓器に潜む新規細胞群の同定

     皮膚には多種多様な細胞が存在し、それらが応分の機能を発揮し連携することで、生体の恒常性の維持や均衡が保たれています。しかしながら、これらの細胞の連携性、組織内の連動性のメカニズムについても理解がすすんでいません。もっと言えば、多種多様な細胞群の詳細も未知な部分が多く残されています。例えば、皮膚に存在すると考えられている未同定の幹細胞の数々、機能が異なる線維芽細胞の分離同定など、皮膚に存在する細胞の科学は未だ多くが未解明なのです。私達は、Task1で紹介したヒト脂肪由来間葉系幹細胞(hASC)の探索のみならず、このHPで紹介している様々なTaskの解明過程で存在が疑われる「皮膚臓器に潜む新規細胞群の同定」にも挑んでいます。現在、表皮組織、真皮組織、皮下組織のそれぞれに於いて、とても特徴的な新規細胞群の候補を捉えており、それらの科学的な同定を進めています。

    Task 9. ヒト人工皮膚の創製

      私達は各Taskの評価を細胞レベルでもマウス個体やヒト生体組織レベルでも入念に行っています。ですが、その評価系は必ずしも機能しないときもあります。例えば、皮膚にある細胞の局在を組織学レベルで検証する場合です。一般には、ヒトやマウス生体からの組織を用いて検証を行いますが、細胞の移植を伴う際のバイアス、実験系をシンプルにした細胞-組織間の相互作用など、必ずしも適切に観察できるアプリケーションに適合し得ないことがあります。殊に、未同定の幹細胞や新規の細胞群の評価を3次元的に行うには、これらの手法や気相−液相培養の3次元表皮再構成系では、不充分なケースに遭遇します。そのような時に大変有用なテクニックが、高次元の生体疑似皮膚プリンティングです。この技術では、血管の再構成系や皮膚の再構成系のみならず皮膚組織の再構築を擬似的に、時間空間を制御して観察することが可能です。我々はこのような斬新な技術も用いて研究を進めています。また、研究で得た知見を常にアップデートして。この皮膚臓器を人工臓器として完成させる研究も進めています。この過程では、様々な生体工学的知見はもとより、生体デバイスとして理想的な思いもよらない素材の開発にも繋がっています。多次元の生体皮膚プリンティング技術は、皮膚科学のツールとしても有用なだけでなく、全く斬新な生体デバイスの創製も拓く技術となっており、産官学の共同研究のキーテクニックの一つとして中心を担っています。

    Task 10. 皮膚科学の新知見の医科学・機能的香粧品開発への応用

    香粧品への応用

      ここまで紹介したTaskは皮膚を用いた恒常性の基礎科学を拓くものです。そして、我々の発生学、幹細胞生物学、皮膚科学および生体工学をキーワードとした基礎研究の歩は、多くの先進性を提示し続けています。この過程では、多くの産官学の研究所からの共同研究や委託受託研究のご依頼もいただいております。なかでも、皮膚の恒常性というキーワードは、多くの医科学、香粧品科学のメーカー様の相談を承る際に集約されるセンテンスとなっております。これまでにも、上記のTaskで導かれた新知見から斬新な技術が特許化されたり、製品が上市されております。そのひとつに香粧品原料候補の天然植物由来の成分や化合物の肌への効果の評価研究があります。例えば、アロエベラから抽出したエキスが皮膚の傷の治りを早くしたり、紫外線によるダメージから肌を守る効果があることを、細胞レベルで証明しています(Plos ONE. 11(10):e0164799 (2016), Bio Industry. 33(4):54-59 (2016), Bio Industry. 35(9):27-35 (2018))。また、ハス花等の混合植物エキスが表皮菲薄化を抑制する効果があることなども見出し、共同研究先の研究者が国内外の学会などにて発表を行なっています。これらの研究成果は、香粧品がもつ機能性やヒト皮膚の健常性をサポートする妥当性の評価として活用されています。

     現行でも多数の産学研究機関との研究開発やモノづくりが進行中です。また、様々な業種の企業さまからの多数のご相談も頂いております。改めて、我々の皮膚の健常性のメカニズムを解き明かす研究にご興味を頂いていることに恐縮しております。これからも我々の研究が実用化という社会貢献につながるように、真摯に協調的な産官学連携研究を推進し、真に役立つ本物の製品開発も支援させていただく所存です。私たちの研究に興味をお持ちの方々からのお気軽なご連絡もお待ちしております。

    研究テーマ3-再生医療実用化のためのレギュラトリーサイエンス研究

     私たちの目指すヒトの恒常性メカニズムの探究は、皮膚臓器を素材とした基礎研究に根ざしています。ヒトの生体の恒常性とは、ほぼ同義に医療の要とも言えるでしょう。それゆえ、我々の研究成果のひとつひとつのそのどれもが、実用化への橋渡し研究となって結実しております。なかでも、再生医療の分野への貢献は大きくなっております。ただし、留意しておかなければならないポイントがあります。それは、実用化のためのレギュレーション(規則・規制科学)です。真実の探求に勤しむ基礎研究者には、概ねこの観点が見過ごされがちです。しかしながら、必ずと言ってよいほど注目される研究成果には実用化への道筋がつながっていきます。それゆえ、研究成果と実用化の在り方を考える科学であるレギュラトリーサイエンス(RS研究)を考えることは重要なのです。殊に、再生医療の実用化につながる基礎研究にとって、RS研究は肝要な研究分野と言って過言ではありません。
     基礎研究・臨床研究の成果を再生医療の現場で活用するには様々な過程を経て、長い時間をかけ審査される現状があります。この時間は、より効果的な再生医療を患者さんへ届けるために必ず必要となる時間であることはまちがいありません。ただし、この時間が大きな律速になってしまってはいけません。研究者はそのことに対して意識を働かせ、各々の研究成果を早く、広く実用化し社会貢献せしめる職責があります。しかしながら、多くの研究の現場では、実用化を意識した研究展開を成し得るのには困難な現状があります。その障壁のひとつが、成果を実用化に導く評価科学の難しさにあります。そのため、私たちは、根拠に元づく的確な予測・評価・判断科学技術の成果を人と社会との調和から人と社会との調和を考える再生医療実用化のためのレギュラトリーサイエンス(RS)研究も行っています。当分野での最高権威者のひとりである薬学総合研究所 元所長 早川堯夫先生のご指導のもと、再生医療分野、殊に幹細胞・皮膚科学を用いた再生医療に焦点を当て、私たちの成果を評価研究し、社会貢献に結びつけるRS研究も行っています。このようなRS研究成果が波及することで、国内で行われている多くの先進的研究成果が円滑に実用化され、迅速な社会貢献に発展する循環をサポートできることを目指しています。